「4.2 『とにかく書く』ための箇条書き活用法」では、草稿を書く際に箇条書きを活用することを勧めています。実際、本書の草稿を書く際にも箇条書きは大活躍していました。
さて、草稿を箇条書きで書くことに慣れてくると、箇条書きのままで十分わかりやすいんじゃないか、これを文章に書き起こす意味はないんじゃないか、という気になってくることがあります。
実際、仕事の場面によっては、情報伝達のためにわざわざ文章として書き起こさず箇条書きのまま伝えてしまっても十分、と感じることも少くありません。なんとなく習慣で文章にしたけれど、実は情報を受け取る側も「箇条書きで簡潔に書いてくれた方が読みやすいのに…」と思っていた、なんてことはよくある話です。
ただ、これは著者の経験に基く意見ですが、箇条書きのみでは情報伝達の齟齬が起きることも多いように感じます。現に、学生の論文指導をしていると、箇条書きの段階では筋が通って見えたのに、それを基に文章を書かせてみると迷走し始めてしまい、実は意味が掴めていなかったことが判明した、なんてことを幾度となく経験します。また添削する際には、論理の穴は文章化したときの方が見つけやすいように感じます。
これらの事例から想像するに、箇条書きを書くだけでは、頭の中にある知識を十分に検証できないようです。多少冗長になったとしても知っている事を文章として書き尽くそうとした方が、自分の知識の欠陥に気づきやすいように思えます。
その理由の一つとして、箇条書きの構造からどのように意味を汲み取るかは、読み手の読み方に強く依存しているということが挙げられます。特に、主項目と副項目との関係にはさまざまな意味を込めることができるため、便利な反面、読み手の誤解を招きやすいようです。たとえば次の箇条書きを見てください。
- いつでもどこでも文章は書ける
- 行き帰りの電車の中で
- 行列に並びながら
- 御飯を食べているとき
- スマホでどんどん書けるはず
2〜4行目の項目は、1行目の主題を補足する例として三つの例を並列に並べた、というのが書き手の意図するところです。それらの例をまとめて5行目で受けるつもりなのですが、同じ段にそれを書いてしまうと四つ目の例のようで紛らわしいため、5行目は副々項目としています。ところがこれだと5行目は4行目のみを受けるようにも読めてしまいます。なんで御飯を食べてるときだけはスマホ限定なんだろう…と読み手は思うかもしれません。
各項目を読み込んで流れを把握すればそうした誤解は避けられるかもしれませんが、読み込みを要求するようでは箇条書きの利点を活かしきれません。書き手と読み手が親しい間柄で、箇条書きをどのように使うのか、共通した作法が確立しているのであれば齟齬は生じにくいかもしれませんが、外の人々にはそれは通じないと思った方がよいでしょう。
箇条書きをコミュニケーションの場で使う際には、項目間のつながりを積極的に言葉で示すよう、意識するのがよいでしょう。
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