本書は理工系学生を主な対象としていて、レポートから論文まで、様々な文章に求められる理工系の「型」を念頭にして書き方を教えています。そのため、読者はある程度論理的な文章を書けることを前提としています。
しかし講義で学生の文章指導をしていると、そのもう少し前の段階での文章指導が必要だな、と感じる学生が少なからずいます。レポートほどまとまった量の文章以前に、メールや日報などのちょっとした、日常的な文章書きのレベルでの練習が彼らには必要そうです。
そこでそうした学生向けにいい教材がないか、なければそうした教材を自分で作ろうかと思っていたところ、ちょうどよいものを見つけました。国語辞典編纂者・日本語学者の飯間浩明氏が書かれた 『伝わるシンプル文章術』 です。
同書で飯間が勧めているのが、
「クイズ文」
で文章を構成するというものです。以下でそれを簡単に紹介します。
飯間は同書で、論理的に情報を伝える事を目的とした「実用的な文章」に求められる型として、「問題」「結論」「理由」の3つを書くべきであることを主張しています。それぞれどのようなものか、同書から引用します。
執筆動機となる「問題」を提示します。そのすぐ後に、書き手自身の「結論」を記します。さらに、どうしてその結論になるのかという「理由」を添えます。
この3つの要素をこの順番で並べた文章のことを、飯間は「クイズ文」と呼んでいます。ちょっと難しめのクイズ本では問題のページの次に解答が書いてあり、さらにどうしてその答になるか、その理由が続けて書かれていますよね。それと同じ形式なので「クイズ文」と名付けたのだそうです。
正確な情報伝達を目指す文章を書く上でこれはとても大事な指摘であると私も思います。結論を早めに提示すべき、というのは本書の「1.3 大事なことは早く書く」と共通していますし、理由をきちんと示すことの大事さは「3.2 「なぜ」の不足を解消する」に書いた通りです。また、最初に「問題」を書くことの必要性は、「3.5 既知の情報から新しい情報へとつなげよう」「2.4 基本は「導入・本論・展開」の三部構成」と関係します。このように、「クイズ文」の教えは本書で指導している内容と通ずる部分が多いのです。
一方で、同書が基本として教えている文章構成は、本書が推奨しているものとは相違する部分もあります。これは同書と本書とでは対象としている文章の性質や長さが異なっているためです。
本書は「2.7 本論は「IMR」」で書いているように、問題をいかに解決したか、その手法の説明に重点が置かれる理工系のレポートや論文の書き方を対象にしています。こうした文書が想定する読者は、結論と同じくらい、その手法にも興味を持つことが多いためです。そのため文章全体の構成では、結論の前に手法の説明を置くことを推奨しています。
クイズ文はそれよりももう少し汎用的で、また比較的短い文章向けの指針です。読者が調査手法に対してそれほど強い興味を抱かないことが想定されるのであれば、クイズ文形式が相応しいでしょう。
なお、読者は結論を早く知りたくて呼んでいる、という意味では理工系の文書でも同じです。大事なことは早く書くに越したことはありません。文章の冒頭部分で結論を示して、読者の興味に応えておきましょう。
さて、同書ではクイズ文の型式について教えるだけでなく、「問題」「結論」「理由」のそれぞれの述べ方についても、「よくない述べ方」を分類して示すことで、よい述べ方を説明しています。文章書き初心者にはとても役立つ指摘になっていますので、ぜひ参考にしてください。
他にも論理的な文章を書く上でのヒントや練習方法が同書ではたくさん紹介されています。中でも、主張が明確で、かつ理由の提示を必須とするクイズ文の構成はディベートと同じであるとした第2章を私は興味深く読みました。私も自分の講義でディベートを試験的に取り入れており、論理的思考力の育成に対する効能に注目していたところでしたので、この主張には我が意を得た思いでした。
本書を読んでもまだ論理的な文章に苦手意識の残る方は、ぜひ同書を手に取ってみてください。