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辞書の有効活用法: 語釈の順序について

本記事は連載記事「辞書を有効活用しよう」の第1回目です。

ある言葉を辞書で引くと、複数の語釈(言葉の説明)が、番号を付されて並べられていることがあります。

さて問題です。それらはいったい何の順で並んでいるでしょうか。

多くの方が「重要な順」とか「よく使われる順」などと答えるのですが、正解は

辞書によって違う

です。これを知らないまま辞書を引いていると痛い目に会わないとも限りません。本記事でおおまかに解説しますので、これを機会にちょっと辞書の世界に深入りしてみましょう。

現代語が先か、古語が先か

たいていの辞書は、冒頭で辞書の使い方の説明にページを割いています。その辞書が語釈をどのような順序で掲載しているか、説明があるはずです。例として『三省堂国語辞典(第七版)』の該当箇所を引用します。\

意味の違いは、①、②…で区分します(通常区分)。現代語として広く使われる意味、特に基本的なものを先にしるし、古風なもの、特殊なものは後にしるすことを原則とします。

つまり、現代の我々がよく使う意味をまず最初に配置して、あまり使われない、あるいは使われなくなったものは後回しにしたということですね。

多くの小型辞書はだいたいこの「基本的な意味を最初に示す」というやり方を採用しています。とにかく意味を早く知りたいという、スピード優先の小型辞書の目的にかなっています。

では少し大き目の辞書ではどうでしょう。まずは同じ三省堂の『大辞林(第三版)』。

(1) 意味の記述順序は次のようにした。
(ア) 現代語として用いられている意味・用法を先にし、古語としての意味・用法をあとに記述した。
(イ) 現代語は一般的な語義を先にし、特殊な語義や専門的な語義をあとに記述した。
(ウ) 古語は、原義を先にし、その転義を順を追って記述した。

現代語については、やはり一般的な用法から順に示しています。古語の方は意味の変遷を年代順に並べている、ということです。

では『広辞苑(第七版)』はどうでしょうか。

語釈の区分
語義がいくつかに分かれる場合には、原則として語源に近いものから列記した。

なんと広辞苑では、現代語か古語かに関わらず、語釈を年代順に並べており、語釈が一般的であるかどうかはその順序に反映していないのです。

これがよく表われている例として「おもう【思う・想う・憶う・念う】」を広辞苑で引いてみましょう。

①…の顔つきをする。…という顔をする。表情をする。
②物事の条理・内容を分別するために心を働かす。判断する。思慮する。心に感ずる。
※③以降と用例は省略

現代の感覚に照らすと、「おもう」の語釈として「…の顔つきをする」というのはまったく馴染みがありません。しかし「おもう」の「おも」は「面」すなわち顔から来ているという説があるくらいで、広辞苑はこの語釈をより語源に近いものと位置づけているのです。

探してみると他にも様々な言葉で、意外な語釈が筆頭にあがっています。試しに「世間」「竹馬」「前髪」を広辞苑で引いてみてください。きっと驚かれることと思います。

2万ページを超える巨大辞書『OED』

ちなみに、広辞苑のような語釈の配列順序には先達があります。オックスフォード大学出版局から出版されている巨大英英辞典“Oxford English Dictionary (OED)” です。収録項目数は主要なものに限っても30万項目、ページ数は2万ページを超える世界最大規模の辞典です。

その OED が採用している配列順が、語釈の年代順です。より正確には、その語釈での用例、つまりその意味で実際に使われた文章が世に出現した順に並べています。これまでに出版された大量の文献の中から、その言葉がその意味で使われた最も古い用例を探し出し、それらを年代順に並べるという作業を OED では30万を超える言葉に対して行っているのです。

当然ながらこの作業は凄まじい労力を必要とします。OED の編纂が始まったのが 1884年。以降、A から Z まで、少しずつ分冊という形で刊行が続き、最後の分冊が刊行されたのが 1928 年。実に 45 年という歳月を費やしています。その編纂過程も、OED に負けず劣らず厚みに富んでいます。詳しくは『博士と狂人―世界最高の辞書OEDの誕生秘話』や『OEDを読む』に書かれていますので、ぜひお読みください。